この「展望」欄ではこれまで日本オーケストラ連盟正会員の定期演奏会プログラムからみる活動状況について楽団ごとにコメントしてきたが、このたびの年鑑のWEB移行に伴う掲載内容の改訂に伴い、今回は全楽団を網羅するのでなく、全体的な所感を記す形に変更となった。オーケストラ活動の主軸となる定期演奏会の傾向をとおして2024年度(2024年4月から2025年3月まで)のオーケストラ界を概観したい。
コロナ以後オケのレパートリーの保守化が指摘されることが多いが、それでも2024年度の各楽団の定期演奏会をみると積極的な企画は多かった。特に年間通してそうした意欲的なプログラムを多く打ち出していた楽団のひとつが読売日本交響楽団である。読響は定期以外にも名曲シリーズのほかにいくつかのシリーズがあるので、定期にそうした企画を持ってきやすいということもあるのだろう。首席指揮者セバスティアン・ヴァイグレ指揮のベルクの《ヴォツェック》(演奏会形式)やシェーンベルクの《ペレアスとメリザンド》、シルヴァン・カンブルランの振ったメシアン《キリストの昇天》のほか、鈴木優人のベリオ《シンフォニア》、上岡敏之のショスタコーヴィチ《交響曲第11番》など演奏機会の稀な曲目をずらりと並べたラインナップは壮観といえるものがあった。クリスティアン・アルミンクを音楽監督に迎えた広島交響楽団も攻めのラインナップで、アルミンク指揮のマルティヌー《交響曲第6番「交響的幻想曲」》、秋山和慶の振ったアッテルベリの《ピアノ協奏曲》と《交響曲第5番「葬送交響曲」》、ニル・ヴェンディッティのサイ《交響曲第5番》の日本初演、ヘンリク・シェーファーのブルックナー《ミサ曲第3番》等々、地方オケがここまでやるかと思わせるような思い切った企画のオン・パレードで、新しいアルミンク時代の到来を印象付けた。
多くの楽団はそうした意欲的なレパートリーも取り入れつつ、一方で多くの聴衆が親しめる比較的ポピュラーな作品も取り混ぜる形で年間プログラムの組み立て方を工夫している。その組み立て方に楽団の個性が現われており、例えば東京交響楽団は2曲のベートーヴェン、2曲のブルックナー、1曲のドヴォルザーク以外はすべて20世紀以後の作品で占められ、札幌交響楽団は19世紀後半のドイツ・ロマン派と国民楽派の作品を中心に据えつつ、そこに川瀬賢太郎の振るアイヴズ《交響曲第2番》や、井上道義による武満とクセナキスとラヴェルを組み合わせたプロなどが彩りを与えている。ポピュラー名曲プロの一方で、常任指揮者山下一史による外山雄三プロやミュージックパートナー柴田真郁指揮のヴェルディ《運命の力》の演奏会形式の上演を取り入れるという、メリハリの効いた大阪交響楽団のラインナップも注目される。
定期演奏会に3つのシリーズがあるNHK交響楽団は、演奏会の数も多いだけに取り上げる曲目も多くなり、首席指揮者ファビオ・ルイージが指揮したリストの《ファウスト交響曲》、名誉指揮者ヘルベルト・ブロムシュテットのベルワルド《交響曲第4番》など注目すべき曲がいくつもあったが、全体的にはロマン派・近代ものが中心となっており、現代作品がほとんどないだけでなく、古典派の作品もモーツァルトの交響曲第25番およびアリアとベートーヴェンの交響曲第7番のみだったというのはやや意外といえるだろう。
それに対してやはり3つの定期演奏会シリーズを持つ東京都交響楽団は古典派から現代までのレパートリーの幅広さが際立ち、終身名誉指揮者小泉和裕指揮のシューベルト《未完成》《ザ・グレイト》といったいくつかの王道プロの一方で、音楽監督大野和士指揮によるヴィトマン《ホルン協奏曲》(独奏=シュテファン・ドール)の日本初演、マーティン・ブラビンズ指揮のヴォーン・ウィリアムズ《交響曲第9番》、ヤクブ・フルシャのドヴォルザーク《交響曲第3番》、桂冠指揮者エリアフ・インバルのブルックナー《交響曲第9番》の4楽章版といった玄人好みの作品がいくつも取り上げられた。またオーケストラ・アンサンブル金沢(ОEK)も2つの定期シリーズがあるので回数が多く、エンリコ・オノフリが振るヘンデルやレーオ、佐藤俊介の弾き振りによるヴァンハルやミスリヴェチェクなどのバロック・古典派の作品から、井上道義の西村朗《鳥のヘテロフォニー》(1993年度ОEK委嘱作品)やショスタコーヴィチ《交響曲第14番》ほかの20世紀作品に至るまで、室内オケの強みを生かした多彩なプロが組まれていた。
名古屋フィルハーモニー交響楽団は「喜怒哀楽」というテーマを掲げてヴァラエティに富んだ年間プログラムを構成していたほか、群馬交響楽団、山形交響楽団もきわめてユニークなプログラミングに光るものがあった。中部フィルハーモニー交響楽団は全6回の定期のうち、前半の3回は秋山和慶によるシベリウスの交響曲と北欧の作曲家によるプログラム、後半の3回はイタリアもの(田中祐子指揮)とフランスやスペインの特集(飯森範親指揮)というように、北欧と南欧を対照させるように年間プログラムを構成していた点が興味深い。仙台フィルハーモニー管弦楽団、関西フィルハーモニー管弦楽団、日本センチュリー交響楽団などは全体的には保守的な曲を並べながらも、そこに斬新な曲を挟んでアクセントを巧みに付けていた。
スタンダートの曲目を中心とする重厚なラインナップが際立っていたのが大阪フィルハーモニー交響楽団と京都市交響楽団である。もちろん前者のレナード・スラットキン指揮のジョン・ウィリアムズ特集、後者の常任指揮者沖澤のどかによる陳銀淑と藤倉大の作品など、フレッシュなプログラムもいくつか織り込まれてはいたが、全体としては腰の据わった王道プロがいかにも老舗の楽団らしい安定感と重みを感じさせた。
シェフの個性や持ち味も当然ながら年間プログラム全体に反映している。日本フィルハーモニー交響楽団は首席指揮者カーチュン・ウォンによるマーラーとブルックナーの大作が年間の軸となっていたし、神奈川フィルハーモニー管弦楽団も同様に音楽監督沼尻竜典のブルックナー、ヴェルディ、ショスタコーヴィチを中心に年間のプログラムが組み立てられて、沼尻色が浸透してきたことが窺える。新日本フィルハーモニー交響楽団は音楽監督佐渡裕が掲げるウィーン・ラインが2024年度も引き継がれていた。また東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団は常任指揮者高関健と首席客演指揮者藤岡幸夫それぞれのレパートリーの違いを生かした構成となっている。三頭体制をとる東京フィルハーモニー交響楽団は例年3人の指揮者を軸に年間プログラムが組まれ、当年度は名誉音楽監督チョン・ミョンフンのメシアン《トゥランガリーラ交響曲》とヴェルディ《マクベス》(演奏会形式)が大きな話題となった。セントラル愛知交響楽団は音楽監督に昇進した角田綱亮がウォルトンの《チェロ協奏曲》(独奏=上野通明)とブリスの《色彩交響曲》などの隠れた名作を取り上げて楽団の今後の方向性を示し、また九州交響楽団の首席指揮者に就任した太田弦はひとつの演奏会の前半にプッチーニの《4声のミサ曲》、後半に小出稚子の《博多ラプソディ》と石井眞木の《モノプリズム》を配するという大胆な構成のプログラムで注目を浴び、九響に新しい風を吹き込んでいる。